岩井俊二さんのLast Leterという映画はとてもよいお話だった。劇中で初恋の人に「私のことをどれだけ覚えていますか」と尋ねられた小説家が、それに対する返事として十何枚はあろうかというほどの便箋を「長くなったので今回はこの辺で」と締めくくったのを見て、え!そんなに書ける?そんなたくさん覚えてなくない?と思った。しかしどうだろう、意外と書けるのかも知れない。

しかし子どもの頃なんて暇なもので、なんとなく好きな人なんて小学校くらいから常にいた気がする。初恋の人とは誰になるのだろうか。Last Letterの彼は「いつ何をしていてもその人のことばかり考えてしまう」みたいなことを言っている。なるほど。じゃあそれで。

あなたとの一番古い思い出は、たしか高校三年に進学して一、二ヶ月くらいたった頃。あなたは窓際の一番うしろの席に座っていて、その右前の席の私に電子辞書を貸してくれと言ってきたのでした。返してもらった後に何の気なしに検索履歴を見てみたら、特に何も入っていなかったことを覚えています。

高校生の時にあなたが好きだったなあということは強く覚えていますが、何があってそんな風に思うようになったのかまったく覚えていません。人生なんてそんなもんですよね。

秋頃だったでしょうか、何度目かの席替えがありました。あなたの隣の席ともう一つの席だけが空いた状態で、私がくじを引く番が来ました。あなたとお近づきになりたいと思っていた私は、このときはっきりと戦略を立てました。「じっくり考えて選んで外したら後悔するから、ぱっと見て勢いで選ぶぞ」というものです。誰か(担任の先生かな)が私の前に持ってきた二枚の紙のうち、私はぱっと見て勢いで、右側の紙を選びました。

晴れてあなたの隣の席を勝ち取った私は、当時のクラスメイトから後に聞いた話によれば、授業中にそれはそれは楽しそうにあなたと無駄話をしていたそうです。一方私は、あなたがぼのぼのを全部読んでいて、好きなキャラクターはスナドリネコさんだという話を聞いたのを覚えています。当時私は好きなキャラクターが特におらず、なんとなくかわいいからアライグマくんかなあと思っていましたが、今は断然クズリくんのお父さんです。彼のように、強がらず飾らず持てる力で淡々と周りを助ける、そんな人間になりたいなあと思います。

あなたは読書家でした。そして、私たちの倫理の先生はなんだか変な人でした。授業のはじめの起立・礼は帝国主義の名残だからやらんでよいといい、定期テストには採点基準のよくわからん問題を出してくるような人でした。その先生は授業の最初に一人ずつ好きな本を持ってきてクラスに発表し、発表者が指名する二人が感想を言うという時間を設けていました。大体の人が何かしら小説やらエッセイやらをプレゼンする中で、あなたがクラスに紹介したのは「100万回生きたねこ」という絵本でした。まるで普段から子どもに読み聞かせをしているかのような慣れた手付きで私たちに読んでくれたのを覚えています。私は、感想なんて求められても別に言うことないなー、と思いながら「ふーん」という感じで話を聞いていましたが、あなたに指名され、感想を言うことになりました。困りながらひねり出して、「あの白い猫みたいに人に強く影響を与えられるような存在になりたいと思いました」みたいなことを言いました。

経緯は忘れましたが、私の家の本棚には同書があります。まあ、(高校を出てずっと後に知ったことですが)絵本のベストセラーですからね。娘のお気に入りというわけではないようで登場機会は少ないですが、たまにリクエストを受けて読みます。不思議なことに、今読んで抱く感想は当時ひねり出したものとあまり大きく違わない気がします。

あとは…、なんかおにぎりよく食べてたよね。成績優秀だったよね。

いやー、せいぜいこんなもんじゃないかなー。

妻に関してだったらもっと延々と書けそうな気がする。それはまあ、今でも一緒に人生を歩んでもらっているからそんなもんだろう。しかしそれを昔のこととして書くことがあったら、それは悲しいことだなあ。そんな時が来ないといいなあ。しかしそんなこともすべて、自分次第なのだろうなあ。

自分次第なのだろうなあったら。